『東京の国際化は進むか?』

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【10月21日、羽田空港新国際線旅客ターミナルがオープン】

   最近メディアに取り上げられることの多い羽田空港。10月13日の第2ターミナル(ANA等が使用)が増床し、10月21日には4本目となる新滑走路(D滑走路)と新国際線旅客ターミナルの供用が開始されました。国際定期便は17都市(ソウル、上海等のアジア方面9都市、パリ、ロンドンのヨーロッパ方面2都市、ニューヨーク、ホノルル等の北米方面6都市)と結ばれる。

  新国際線旅客ターミナルといわれるからには旧もあるわけだが、旧といっても、1978年の成田空港オープン前の話ではもちろんない。ご存知の方も多いだろうが、羽田空港は正式名称を東京国際空港といい、現在もれっきとした国際空港なのだ。ソウル、北京、上海、香港の4都市に定期チャーター便が飛んでいる。これは、2002年のサッカー日韓ワールドカップ時に、東京~ソウル間の移動に時間がかかる(成田空港、仁川空港とも東京、ソウルから遠く、空港までの移動に時間がかかる)との理由で、それぞれ国内線の空港だった羽田空港~金浦空港間に定期便(チャーター、つまり貸切)を飛ばしたことから始まった。正式な定期便ではなくチャーター便となったのは、成田空港との兼ね合いがあったからで、制度上は航空会社のチケット販売に制約はあるものの、利用者にとっては大きな違いはない。羽田~金浦間は、1日8往復もの便数だ。

  この羽田空港、2007年に国際化の動きがあったと言ったら怒られるだろうか。羽田空港の空港ビルを所有しているのは東証1部上場の「日本空港ビルデング株式会社」で、この会社の株式を、オーストラリアの投資銀行マッコーリー傘下のファンドが20%弱取得して、ちょっとした騒ぎになったのだ。結局、2009年に、日本空港ビルデングの自社株式取得により、この騒動は収束した。当時は、政治家や官僚が「空港の安全性が脅かされる」と大騒ぎしていたが、羽田空港そのものならともかく、空港の商業ビル(もちろん、保安検査場などはあるのだが)の運営会社を買収するくらいで大騒ぎする必要はなかった。東京の“表玄関”は、何と言おうと心情的に羽田である事実と、運輸官僚にとって天下り先喪失の可能性への抵抗が、大騒動につながったのだ。天下りは論外としても、心情の面では、かつて三菱地所がニューヨークの象徴的なビルであるロックフェラーセンターを買収したときに、アメリカ国民が感じたものに近かったのではないか。ただし、三菱地所は結局、高値掴みをした形になり、後に大部分を売却してしまった。アメリカとしては、高く売って安く買い戻したわけで、日本は不動産の国際化に関して、羽田でそのチャンスを逃したというところではないか。

  

 
以上